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雁木跡
がんげあと
ここから新居まで一里一八丁は浜名湖を船で渡りました。雁木とは船着場のことで、身分によって場所が分かれていました。南雁木は一般庶民、中雁木は武士、北雁木は諸侯が利用しました。現在北雁木の一部が残されています。