菊川の里からの急坂をのぼり詰めたところにある寺です。いつ開かれた寺かは不明ですが、関ヶ原の戦の折、掛川城主だった山内一豊が家康をもてなすためこの寺の境内に茶室を設けたといわれています。 「夜泣き石」伝説とは深い関わりをもつ寺で、殺された妊婦から生まれた子供は、この寺の住職に飴で育てられたという話もあります。境内に「夜泣き石」と称して丸石が安置されていますが、江戸時代からの石は国道一号線沿いの「小泉屋」の裏山にあります。