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中山新道
なかやましんどう
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明治13年、金谷町の杉本権蔵が建設した日本初の有料道路「中山新道」は、この辺りから始まり、間の宿だった菊川を経ずに日坂に至る全長6.7kmの道でした。
金谷坂に比べ平坦なこの道の利用者は多く、一日に荷車300台、旅人1000人という記録もあるそうです。ところが明治22年に東海道線が開通して利用者がぐんと減ると共に「公道に金を取るとは何事だ」という声が強まり、最終的には県が買い上げ無料化されました。 この道の開通により菊川の通行量は大幅に減り、宿は急速にさびれていったといいます。 |
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