CityWalker HOMEを開く東海道通信を開く

地図に戻る

川越遺跡
かわごしいせき

島田宿の川越人足は、川越制度が確立された元禄期には350人でしたが、幕末には650人程と倍近くまで増えていました。渡渉が許されたのは明六ツ(日の出の少し前)から暮六ツ(日没の少し後)迄、近くの大善寺の鐘が合図でした。
 川越遺跡には人足の寄合い所だった「番宿」をはじめ、札場、立会宿、仲間の宿等の建物が復原されています。多くは現在も住居として使用されています。