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宗長庵祉
そうちょうあん
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JR島田駅前西側の片隅に「宗長庵祉」の碑と数基の芭蕉句碑があります。
室町時代の連歌師として有名な宗長は島田宿の刀鍛冶の三男として生まれたと伝えられています。 幼い頃から今川義忠に仕えた宗長は義忠の死後、連歌師宗祇に師事して連歌を修業。永正元年(1504)丸子に柴屋軒(現 柴屋寺)を結庵したあとも、全国を旅してまわり、享禄五年(1532)八五年の生涯を閉じました。 宗長庵は島田宿の初代の川庄屋の塚本孫兵衛(如舟)が宗長を慕って元禄期に建てたものです。庵はその後、曹洞宗の寺院となりましたが、いつしか荒廃してしまったといいます。 「庵祉」の碑とともにある芭蕉句碑は宗長庵の遺物として残されているものです。 |
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