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安倍川
あべかわ

江戸時代、安倍川に橋はなく川越人足131人が詰めていたといわれます。

 家康は駿府城を築くにあたり、ひんぱんに洪水を起こしていた安倍川の流路を安定させるため、薩摩藩に命じて薩摩独特の工法による堤を築かせました。この堤は薩摩土手と呼ばれ現在もその一部が残っています。